マルコによる福音書 13章24〜37節

「終末、キリストの再臨の日」を前に、私たちには「気をつけて目を覚ましている」ようにと。なぜなら「その時がいつなのか分からない」から。それは、「旅に出る主人が門番に目を覚ましているようにと言いつけておくようなもの」。再臨の時がいつ来るか分からないが、その間、「何もしないで、ただ待っていれば良い」のではない。門番には門番の、私たちには私たちの、それぞれに果たすべきことが求められています。人によって違いはあるが、神から与えられた務めです。「目を覚ましている」、それは、私たちの心をいつも神に、御言葉に向けていること。再臨は、ある特定の人たちだけにではなく全ての人に及ぶものです。私たちには確実に来るその日を望み、与えられた「わたしの生活」を誠実に歩んで行くようにと言われる。

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